遠浅の海、羊の群れ。

羊の群れは、きまって遠くの向こう岸で、べえやべえやとわなないている。

出勤しよう

(やってしまった)と思ったときには遅かった。

中延駅は既に遠く視界の外、電車内には、「次は戸越公園」というアナウンスが響いている。スマートフォンをいじるのに夢中になっていて、乗り換えの駅で降り損ねたのだ。これがぐちゃぐちゃに疲れた夜の帰りの電車だというのなら、まだ弁解の余地もあるが、目覚めたばかりの朝の通勤電車である。そんなに夢中になってスマートフォンで何をやっていたのかというと、覚えてすらいない。どうせ自分のメインのメールアドレスに届いた不必要なメルマガを片っ端から「受信拒否」するだとか、そんな下らない反復作業に思考が満たされていたのではないかと思う。

そんなことよりも電車だ。幸いにも、今朝は長津田を一本早い電車に乗っていた。溝の口でも滞りなく乗り換え、今の僕には普段より15分ほどのアドバンテージがある。

東急田園都市線の車両が戸越公園についた。僕は常より注意力が散漫な人種なので、往々にしてこういうことは起きる。そんなときは、ホームに降り立った瞬間からやることは既に決まっている。手近な階段を全力で降り、駅内部を全力で横切り、また階段を全力で登り、反対ホームへ出るのだ。たいてい、上りと下りの電車が同駅を通り過ぎるには2~3分の差しかないので、うまいことすれば、すぐに引き返すことができる。

乗り過ごしたと分かった時点で、僕の脳内ではこのスイッチがOFFからONに切り替えられていた。

やることは決まっている。マニュアルどおりに四肢を駆動させるだけだ。いくぞ、ホームに降りる、階段を降り……「あれ? 」きっかりと次の次の行動まで決めていた僕は、戸越公園のホームに靴の底を着けてすぐ、次の行動指針を失った。この駅、駅舎がない。

降りてみるまで知らなかったのだが、戸越公園は、いわゆる駅舎と呼べるような建物を持っていない、まるで路面電車の駅の様態をしていた。

線路に沿ってコンクリートのホームと簡素なアーケード、そのどん詰まりに、おそらく出口と入り口という意味でだけの自動改札機が二つ並んでいる。改札の外はすぐに道路で回れ右すると踏切になっていて、その踏切を渡ると下りのホームに入場できる自動改札機がある。

田舎か!

改札横の窓口に駅員がいるのがせめてもの救いだ。別に無人の駅に偏見があるわけでもないが、東京の、東急大井町線の、自分毎日使っている乗換駅の一つ先の駅が、これほどまでに簡素なものだとは思っていなかった。

なんていうか、うん、好きだ。こういうの。

僕は高校時代たまに使った大宮発の動く箱(と揶揄されていた)ニューシャトルに比べてたらまだまだだけどね。

だってあそこは基本無人駅だったからね。Suicaは地面から生えたポールにタッチするんだぜ、やっべーだろう。

脱線した。

学生時代の思い出に浸っている場合ではない。僕は会社に行かなくてはならないのだ。

上りホームの自動改札を出て、踏切を渡り、下りホームの自動改札をくぐる、やった!下りの電車がすぐに来た!

 

と、そんなことがあって、なんとか始業の9時には間に合ったしだいである。

 

電車の乗り過ごしには気を付けたい、と。

そんな話だ。

朝の通勤のことだけで文量が増えてしまったので、今日の日記は別に書くことにする。