投票行って外食するんだ
2019年7月21日、参議議員選挙投票日である。
「選挙があるなあ」と思ったのはどのくらい前だっただろうか。Twitterに流れてくる「若者が選挙に行けば日本は変わる」、「若者が選挙に行っても日本は変わらない」みたいなやりとりをぼんやりと眺めているうちに、いつの間にか当日を迎えてしまった。
出勤時の駅前で、演説をする立候補者、握手を求める有権者、休日に出かけた新宿では「二枚目の紙にはわたしの名前を書いてください」という声をまき散らす街宣車に3台行き当たった。比例代表投票は全国区のため、支持政党名か、候補者名のいずれかを記入することとなる。
だから、自分の選挙区ではないところの、人が多く集まるところまで出張ってきて、「二枚目には」という演説は、まあちょっと考えなくても自然な流れなんだろうと思う。
高齢者の投票率が高いため、国が高齢者贔屓の政策をする。若者が投票に行けば、若者が得をする政策に転換するのではないか。いいや、たとえ若者が全員選挙に行ったとしても、今日では若者の総数よりも高齢者の投票率のほうが高いのだ、方向転換はない、やるだけ無駄だ。しかし、若者の投票率を上げることで、当落線上の候補者は若者の意見を無視できなくなる。これだけの数の「意見」があると示すことで、国は若者を無視して政策を進められなくなる。
そんなことを、若者が若者に説明していた。若い男が三人と若い女が一人、閉店したマッサージ店の軒下で、急な雨を凌いでいた。
結局、選挙に行ったところで、俺たちの数のほうが少ないんだったら、老人が得することばっかやるってことじゃないすか。数じゃ負けてるんですよね。
そうだけど、投票するか、しないかっていうのは、いるか、いないかを示すことになるの、投票数が低いってことは、いないものとして考えられちゃうの、これだけの若者がいて、若者が苦しくならない国にしてって意見がこれだけあるってわかって、それが全部与党以外に流れたらって考えたら、若者の意見だって無視できなくなるでしょ。
わたしは折り畳みの傘を鞄から取り出し、その場をゆっくりと通り過ぎた。
結果、聞き耳を立てた形になってしまったが、女の子一人が先輩で、男の子三人は後輩、大学のサークルか、アルバイト仲間のようだ。
たしかに、与えられた権利を行使しない者はそれだけで損をしていると思うし、そういう者が多ければ多いほど、「誰」が「何」を望んでいるのが不明瞭な選挙結果になるのであろうと思う。
「こんな国どうなってもかまわない」と嘯いて「選挙に行っても何も変わらない」と投票所へ赴かないという人間が増えたなら、日本は「選挙にちゃんと行く人」のためだけの国になってしまうだろう。
だって、そういうシステムなんだもの、それはそれで仕方ない。しかし、「行かない人が悪い」では済まないのがこのシステムのつらいところだ。
本当は国の政策に一言申したいことがあるのに、普段は「なんで年寄りばっかり」、「年金はどうなるんだ」と言っているくせに、なぜ、選挙となると及び腰になってしまうのだ。
と、つい語気を荒立ててしまうのは、我が家の机の上に同居人の投票整理券が入った封筒が未開封のまま放置されているから、というのもある。
前回の区議会議員選挙のとき、「忙しいなら期日前投票に行けばいい」と促したのだが、「そういうの行ったことないんだよね」と切り捨てられてしまった。
選挙に行かないのも自由である。しかし、そのような考え方が、「もっと自分たちの世代も暮らしやすい国にしてほしい」という同世代の多くの切なる願いの足を引っ張っているという現実には、どうやっても気付けないらしい。
おそらく彼とわたしでは年の差もあるし、考え方も違うので、真面目に支持政党だ政策だという話をしたら、全然違う考え方がわかるのかもしれないが、そんな話をしたこともない。
(それよりもなによりもなによりも仕事が多忙すぎるのがよくないのだ、今週終電で帰れたのが三日だけだぞ、そのおかげで支持政党を変えて「ブラック企業をぶっ潰す」と息巻いている候補者に投票しそうになったじゃないか)。
選挙に行くか行かないかは「偉いか偉くないか」ではなく、「権利を行使したかしなかったか」だ。与えられた権利を、自分の思想の主張のために、使えたかどうか。
賛同する意見の人間が多ければ、投票した候補者は当選し、国の政策に少なからず影響を与え行くことになる。
全員が投票して結果が出るなら、その選挙の結果にも納得ができる。しかし、(これは本当に毎度毎度思うことなのだが)選挙に行っていない人のほうが多いのに、「この人が代表者です」と選ばれてしまったとき、本当にこれでいいのかと思ってしまう。投票していない人の意見はどこにあるのだろうか、と。投票率が高い支持層を持っている候補者が、政党が、結局は強いのかと。わたしもまだ三十代なので、どちらかというと若者層に入るのだが、その投票率を目撃するたびに、「選挙」というシステムに馬鹿にされているような気持ちにもなる。
だが、選挙権も十八歳からに拡大され、若者の中でも、「選挙に行こう」と声を掛け合う姿が目に見えて増えるようになった。わたしはそういうのを見つけるたびに「しめしめ」とか「いいぞもっとやれ」と思うわけだが、さすがに一気に「二十代、三十代の投票率90%」などとなるのは難しいとも思う。
法律でも、政治でも、企業でも、仕事でもそうだが、ルールを作った人が強いのは当たり前だ。だから、そのルールが特別に不公平、不平等なものでない限りは、ルールのシステムを理解して、ルールを作った人たちよりも賢く、勝つための攻略法を考える必要がある。
若者が高齢者に勝つために、若者の投票率UPは必須条件なのだ。
その先に、どの政党を支持するか、誰を支持するかなんて人それぞれの思想や信条、選択の個性がやっと生まれてくる。
かくいうわたしも、比例代表は投票所に行って、投票用紙を目の前にしてから、少し悩んだ。もちろん、最終二つにまでは絞り込んでから現場に向かったのだが、比例代表でならこの人は自分が投票しなかったとしても当選するだろうし、とか、自分が持っているたったの一票について、どう生かせばもっとも悔いが残らないかを、最後の最後まで考えてしまった。混んでなかったのでまあ許されるが、混み入った時間であったらかなり迷惑だったと思う。
「行かなきゃな」から始まり、「誰かな、どこかな」に続き、「こんなもんか」で終わる投票。行ったら行ったで、選挙速報を見ることにも楽しみが生まれるので、二次的娯楽を生み出している感もまあまある気がする。
投票、というとモーニング娘。の「選挙の日って、ウチじゃ決まって、投票行って外食するんだ」という家族像への憧れを禁じ得ない平成世代ど真ん中のわたしである。
残念ながら、一緒に投票に行くはずの同居人は選挙自体にほとんど興味がなく(これがもしも出身地の選挙だったら行っていたのだろうか)、投票行ったからといって外食する相手もおらず、一人で外食する気持ちももちろん起こらず、今や自宅でPCに向かっているという状況だ。
いつか、家族と、投票行って外食がしてみたい。
これはわたしのささやかな、ごくごくささやかな夢の一つである。
プラシーボでもいいんです。
ついに総合病院を受診した。
かかりつけ、というわけでもないのだが、以前大病したときにお世話になった医師が勤務している。
木曜の朝一番であれば、検査ができるから、来いとのこと。
そうして、普段の出勤時間よりも早くも息も絶え絶えの身体を引きずって行ってきましたよ総合病院。
そこで採血・採尿、レントゲン検査を受けた。
平日の朝だというのに採血・採尿の受付には長蛇の列ができていて、
「朝一番に済ませてしまおう」という真面目な考えのお年寄りは、こういうところで偶然集ってしまうようだ。
だから、医療事務のお姉さんは工場のベルトコンベヤーのように、彼らを右へ左へと仕訳けていくわけだけれど
一人、ド派手な(楳図かずおのような)ロングTシャツを着たガリガリの男性が
「金払えば銀座だって六本木だってもっと丁寧な対応をしますよ!」と、おそらくは今受けたであろう流れ作業の仕打ちに対して声を荒げていたのだろうが、医療費は疾病に合わせて点数で決まってるから、払いたくても払えねえんだよ。
金積んで丁寧な対応が受けたいんだったら、銀座のクラブのママに甘えてこいよ。
というか、病院を銀座や六本木と比較してしまうところが、既に老の害というか。
今日もまた、「ああはならないようにしよう」と思えるお手本様を一人見つけることができて、ためになったなあと思います。
もっと時間がかかるものかと思ったが、検査についてはつつがなくするすると進み、
覚えていることと言えば、レントゲン検査技師の男性が若く、とても爽やかで、わたしがキョドついたことくらいか。
朝だからか血圧はいつも以上に低く、最高血圧90、最低血圧53、脈拍数76だって。
そのうち動きがスローモーションになったりしない? ほんとに大丈夫?
最後に、待ちにまった検査結果の診断ですよ。
頼むよ医師。
かなり詳しく、そしてとても楽しそうに説明してくれたのだが、あまりにも情報量が多く半分くらいはわたしの頭の上をかすって室内に逃げてしまったので、かいつまんでまとめる。
1週間微熱があったというが、まず、人間の対応は一日のうちで1度ほど変化をする。日動変化だ。だから、朝起きたときが36.5度で夕方(もっとも活動するとき)が37.5度であってもあまり不思議はない。
数値を見ると、白血球の数値は上がっていない。だから、細菌性の病気と病気ではない。ただし、体内の炎症はある。そして、肝機能の数値が少し若干上がっている。
可能性としては、ウイルス性の感染症をもらって、つまり、一般的に言うと風邪ですね、それが、免疫力が弱っているがために長引いていて、治癒するために基礎体温をずっと上げている。その場合、そろそろ一週間が経過するので、治まってくるはず。
もう一つの可能性は肝炎。肝機能の数値が上がっているので、ここからぐぐぐと悪くなると、疲労性の肝炎の発症となる。これは危険。
結論から言って、可能性として一番強いのは長引く夏風邪で、長引いてしまっているのはわたし自身の体が弱っているからにほかならない、と、そういうことらしい。
一応、肝炎はまだ疑わしいので、来週の同じ時間にもう一度血液検査をして、疑いを払拭することになっている。
総合病院では処方箋も出なかった。
「免疫力で倒すものなので、初期症状ならともかく、今薬を飲んでもあまり意味がありません」
とのことである。
出かける前は37.3度だった体温も、医師の前では36.5度に落ち着いてしまっていた。
まさにドンピシャ平熱である。
医師、病院、解熱剤なんかよりずっと効くんじゃないだろうか。
「何が起きても大丈夫な場所」に来て、
「大きな問題はありませんよ」と言われて、
悪かった症状がずずいと軽快してしまうのである。
プラシーボ人間ここに爆誕せしといった風情だ。
肝炎の可能性はまだ捨てきれないが、二日経ってこれを書いている今も、
ひどい倦怠感で動けないといったことはまだないので、
おそらくこちらの心配も杞憂なのではないだろうかと思う。
検査の次の日は在宅で勤務をした。
手が付かなかった資料作りが一日で終わった。
本当に「不安」というものは、人の活動のいろいろなところに影響を及ぼす。
でも、もう、なんとなくわかってはいたのだ。
微熱、倦怠感、筋肉痛、これらの体調不良の原因は、ボロボロの生活習慣でああると。
自分の体の体温を管理することができなくなったため、周囲の気温に合わせて、ぐんぐん熱が上がってしまい、ほてりやめまいを覚えていたんじゃないかと思う。
氷嚢や冷却ジェルパック必死に冷やしたりしていたんだけど、まあ、それも一手。
その根っこにあるのは、不眠症だ。
僕は今後こいつの「お前悪い奴だ!」感を増し増しにしていこうと思う。
だから、生活習慣を整えることに注力する。
そして日頃の免疫力を上げること目指す。
もともと単純な人間なので、思いつくことはひととおりやってみた。
毎日がぶがぶ飲んでいるコーヒーをカフェインレスにしてみる。
タバコを、やめる。
軽い運動をする。
寝る前の三時間前に湯船に浸かる。
寝る前一時間は電子機器を見ない。
寝室は涼しくする。
寝室の明かりは暗めにしておく。
自分でも知っているし、調べて有用と書かれていたものについては、上記したぶんは網羅して、いつもより三時間早く布団に入った。
睡眠薬も飲んだ。ばっちりだ。
うん、全然寝れねえ。
おもしろいくらいに寝れねえ。
なんなら昨日観たホラー映画のドッキリビックリシーンばかり脳内再生されるほどに。
結局、普段の睡眠薬の量の二倍の薬を飲んで、強制的にシャットダウンした形になったのだけど、こんな薬の使い方してたら、すぐに手持ちの睡眠薬が足りなくなる。
内科の先生にはもともと相談して、お薬だけもらっていたけど、不眠症単体でお医者さんにかかったほうがいいのかもしれないなあ。
3時間しか寝れないときの翌日なんて、もう、何かを考える余力は残っていないのだもの。
で、木、金と(ドーピングあり)でがっつり寝たわたしは、すごく、元気! なのである。
微熱がない。頭痛がない。筋肉痛がない。倦怠感がない。
素晴らしい! これが「健康」というものか!!
もともとが無関心すぎたのだから、年齢に応じて「健康オタク」といった方向に、宗旨変えを行ってもいいくらいなのかもしれない。
微熱がない体は素晴らしいし、
頭痛も筋肉痛も倦怠感も、ここ一週間ずっと感じていた。
それがなくなるって、すっごい楽。
イメージとしては、収監された囚人の拘束帯が解除された瞬間のような。
孫悟空が手足につけた重りを外したときのような。
大げさだけでもないと思う。一週間続いていた不調が取れるというのは。
楽だ。体が軽い。動きやすい。
そんなわけで、長患いから一転、健康であることのありがたみをひしひしと感じる今日なのである。
そう、この病中でタバコを吸い始め、病後タバコをやめたのだ。
タイミングから考えて主犯こいつなんじゃねえかとも思うのだが、それはまた別のところで。
自律する神経が調子を失ってしまっているかもしれなくて
さて、熱が下がらない、どうしたものか。
三十七度五分を表示するテルモの体温計を見て「こりゃ風邪だ」と、内科を受診したのが一週間前の今日である。それから、一週間経っても、わたしの微熱はいっこうに改善の気配を見せない。
とりあえず風邪を引いたということで会社には休みの連絡を入れた。
内科でもらった薬(数えてみたら6種類もあった)を服用して、部屋で様子を見ていたのだが、ぜんぜん、まったく、ちっとも良くならない。
頭痛か、または腰痛持ちの人はロキソニンと聞けば、解熱鎮痛薬だとピンと来るのではないかと思う。そいつがまったくと言っていいほど役に立たないのである。
そもそもが三八度には達しない微熱だ。だが、微熱を平熱に下げるくらいの力はあってほしいものである。「ジェネリックは効かねえのじゃ」なんてどこぞのジジイのようなことは言いたくないが、自分が処方されたロキソプロフェンとロキソニンの差異が、もしかしたらあるんじゃないかと疑いたくなるような効かなさっぷり(後発薬の名誉のために一応書くが差はない)である。
ただ、体が動かせないほどの倦怠感ではないので、家にいるうちは溜まった家事をこなしたりと、ぼんやりながらもそこそこ楽しくやっていた。
私の上司は管理部の課長なのだが、とてつもなく心配性だ。
これはまったくもってわたしの不徳の致すところなのであるが、過去にわたしは、市販薬の薬の飲み合わせを誤って職場から救急搬送されたことがある。
そのころから、上司はわたしの体調をとても気遣ってくれるようになり、最近では、「熱があります」、「では有給休暇で」というような、二の句を待たずに「休みなさい」という返事が返ってくるまでに至った。「熱!」、「有休!」。さながら盗賊のアジトで使われる合言葉のようだ。
このくらいの微熱なら仕事ができないこともないのに、わたしもわたしで嘘が吐けないため、体温計に表示された数値を正直に報告してしまうのだが、ここ一週間その数値は、決まって「ダメなやつ」なのである。
さいわい、三連休を挟んだうえ、日ごとで進捗を追うような仕事はちょうど持っていなかったので、お言葉に甘えてだらりと休ませてもらうことにした。
しかし、いやはや、おかしい。
一週間も微熱が続くことなんて、経験上ほぼない、というか、ない。
だいたい、目が覚めた時は平熱なのだが、出かける時間になると七度を超え、昼過ぎにはまた上がり、夜半になると最高三七度九分まで上がる。
小気味よいほど三八度には突入しない。
三七度九部も、三十八度も、そのくらい、誤差じゃん。
しかし、動けるにしても体は火照るし、だるいにはだるいので、わきの下に冷却ジェルを挟んだり、氷嚢で首筋を冷やしたりして、体温を下げる努力をしている。
そうでもしないと、体が熱を持って眠れないのだ。
わたしは男性なので、実際のところが体感としてはわからないのだが、女性であれば妊娠時や生理のときにこのような症状が出るのだろうか。
たしか、更年期障害にも当てはまる症状があったような気がする。
三十代にして更年期障害か。ありえないとは言い切れない。
洗濯も掃除もおかずの作り置きも一通りやり尽くして、(病気で休んでいるのに申し訳ないのだが)スーパーの帰りに1円パチンコで三千円勝ったりしながら、日々を過ごしていたのだが、日曜と祝日には体温計と冷却ジェルを持ち歩きつつ映画を見て、友人と居酒屋に行ったりもしている。
わたしは正直者だが、都合の悪いことと聞かれていないことはわざわざ言わない主義でもある。
そうして、体調を崩してから、いや、体調を崩すという言い方は的を射ていない気がする、熱が出てからといったほうが今回についてはいい、そう、熱が出てから今日でまる一週間が経ち、症状は改善されていないのである。
暇を持て余して、自分の症状にあてはまる健康ネタを検索してみたところ、内臓疾患やがんでなければ、ストレスによって引き起こされる心因性の発熱であるという記事がまとめられていた。
内臓疾患、がん、ねえ。一応、持病はあるが、人に言えるようなもんでもないし、症状として、単に体温調節がへたくそになっただけなのではないかとすら思える。
体温調節が下手なのは、子どもと老人か、働き盛りの男盛りが子ども老人ほどの体質になってしまったというのだろうか、で、その原因が心因性のものだと。
でも、断じてそうではない、とも言いきれない。
ストレス、ねえ。と、わたしはそこで考え込んでしまった。
現代社会を生きるに、ストレスから完全に解放されて暮らすことはできない。
仕事ばかりで毎日日付をまたいで帰ってくるくせに、わたしの家事全般の謝意を示さない同居人は恒常的にストレスだし、どんなに丁寧に教えても絶対に仕事を身に着けてくれない後輩もストレスだ。何かといっては女子グループで固まり、「ランチようふふ」と群れている女子社員もストレスである。
しかし、それらは恒常的なものであって、一週間前に突如として発現したわけではない。
次のページには「自律神経失調症」について書かれていた。
環境の変化などによるストレス(またストレスか……)が原因で、体温調節や睡眠などの自律神経に乱れが起きる病気だ。
不眠症は高校生の頃からの付き合いなので、二十年来の腐れ縁である。
ここで、ひとつの考察を得る。
不眠が悪化して、微熱が生じた?
しかし、その因果関係を突き止めたところ、因果の因の親玉にストレス様が居座っているのだ。
不眠症は、まあ長年患ってはいるが、睡眠薬等の助けもあってうまく付き合っているとは思っていた。こう、「心因性の」なんて書いてあると、最近ではストレス疾患に見舞われる人は「真面目で」、「完璧主義で」、「繊細な」、「気配りのできる」、「頑張り屋」なのだと、ことさらに「その人個人の資質によるところではない、その人個人に責任はない」ということを強調する論調だが、んなこたぁどうでもいいのである。病気なんだから。
うつ病を「怠け者」と断罪したジジイ&ババアは、今頃はどこの会社でもパワハラの第一級戦犯として窓際に追いやられているであろうことを切に願う。
考えてみれば、「ストレス」という言葉のなんと寛大なことか。
たいていの人間関係、さまざまな環境変化、人に影響を影響を及ぼす事象のことごとくは「ストレス」という結果の中に内包されてしまうのだ。
「ストレス」というものに人格があったとしたら、「なんでもかんでもあたしのせいにしないでよ!」と叫んでいるに違いない。
そして、「ストレス」という言葉があまりに多くのモノ・コトを内包できてしまうから、真相に辿り着くのは結局困難なのだ。
その人のパーソナリティーが抱えている「ストレス」はきっと、ほつれて絡まりあった色とりどりの毛糸玉のような形状をしているのかもしれない。
その、絡まりあった糸の一本一本のうちから、今その人の身体に生じている病的異常にもっとも深く強く起因するストレスはどれなのか、それを見極めるのは至難であろう。
そういうことをやれというのか?
無理だよ、無理無理。
俺だって紙に書いたりいろいろしてみたけど、どれも似たようなもんで、特段の変化は見抜けなかったもの。
まあ、それでも仕事や家庭の積もりに積もった鬱憤的なものが、ここに来て「限界」を超えて、身体的な症状として、発現しているのだ、というのであれば、(かなり無理やりな感じは否めないが)納得できないこともない。
念のため、明日、総合病院で血液検査とレントゲン検査を受ける。
それで肉体的に異常がないということがわかれば、次は心因性の原因を探るという運びになるだろう。
自律神経、自律神経ねえ……。
「自律神経を整えるにはピラティスが最適」という広告が表示されたので、うんざりして「✖」をクリックしたのがついさっきだ。
自律神経の乱れさせる原因には、昼夜逆転の生活や、食習慣、飲酒、喫煙、育児、介護、長時間労働、ストレス(今回最多出場単語)などが上げられる。
じゃあなにかい、早寝早起きして三食しっかり食べて、睡眠しっかり摂って、適度に運動して、そこそこ仕事するような、「健康的なちょうどいい生活」を送れば自律神経ってなあ整うのかい?
たぶん、事態はそんなに簡単なことではないのだとも思うが、一理あるとも思う。
だって、ねえ、乱れてるし眠れてないし。
はたまた、明日の総合病院の検査で「がんでした!」と言われるかもしれない。
あまりうじうじと考え込むのはよそう。
ストレスさんがストレスさんを呼んで、ストレスさんの集合体になってしまいそうだ。
これで、わたしに自律神経失調症という病名が付与されて、回復には三か月の療養が必要ですなんて診断書書かれて、はい休職ですね、なんてことになったらどうしようかとか、そんな「あまりよくない」想像が、さらにわたしのストレスを加速させているように思う。
この微熱をはじめとした諸症状が心因的な潜在ストレスに起因するというなら、改善させる方法は、今の自分に向き合って、健康的な生活を目指す、端的に言ってしまえばこれしかない。
心の中の犯人のアリバイ検証をする前に、Twitterの時間を減らすとか、スマホを見る時間を減らすとか、軽い運動をしてみるとか、湯船に浸かるとか、やれそうなところから地道にやってみよう。
それで長年の連れ合いだった不眠くんともおさらばできたとするなら、いいこと尽くしじゃないか。
雨降って地固まる。今抱えている微熱という症状は、まとめて不眠もやっつけてくれる機会を与えてくれたのかもしれないと、できるだけ前向きに考えてみよう。
三七度五分は完璧に標準的な微熱の温度だ。
おとといから三七度をちょっと超える微熱が続いていて、今朝ついにダウンしてしまった。
週のはじめに上司から「仕事中の独り言が多く、周囲が迷惑しているから気を付けるように」とのお達しを受けてから、「だったらもう何も語るまい」との反抗心が芽生え、職場ではマスクを着けて常にむっつりとした表情でいた。
今朝、息も絶え絶えに上司に電話で発熱していることを告げると「少し前から具合悪そうだったものね」と言われた。
「あなたの仕事ぶり邪魔なのよね」という指摘に対抗して、無言イライラ感を演出していたのだが、結果的にそれが「体調不良の前兆であった」と捉えられてしまったようだ。
人がどう思おうが勝手だが、たぶん私のこの上長は、自分が部下の独り言を半笑いで注意したことなどとうに忘れてしまっているのだろう。
私の「これまでより静かになった」は、「思いがけない指摘に腹を立てて反抗している」ではなく、単に「元気がない」と認識されてしまっていたのだ。
なんとなく、おもしろくない。
だからといって「あれは、あなたの指摘に私が腹を立てた反抗の現れであって、体調が悪いことの表出ではありません」と説明することにはなんの意義も見いだせなかった。
月曜に注意を受けて、三日かけてじっくりと体調を崩し、四日目に会社を休んだ。
人の頭の中は読めないし、制御できない。言わなければ伝わらないし、言ったところで伝わらないことも多い。
言葉を用いず、態度でもって伝わるだろうと対峙した私のやり方は、その時点で敗北を喫していたのだ。
家を出る時間になっても立ち上がることができず、なんとか会社に電話をかけ、今日一日は自宅療養ということになった。
偶然だが、今日締め切りの仕事がなかったことは幸いだった。
電話の中で、あれをやらなければこれをやらなければと話した気もするのだが、”注意に対する反抗”が全然、まったく伝わっていなかったことばかりが気になり、ほかに何を話したかよく覚えていない。おおかた、熱で前後不覚だったのだが、私の”注意に対する反抗”は、誰にも伝わっていなかったということだけは、はっきりと認識できた。
私は独り言が多いし声がよく通る。が、誰かの邪魔をしようと思ってそう暮らしているわけではない。だから、普段通りに過ごしているつもりで、突如として「うるさい」と断罪されると、ショックを禁じ得ない。
だから、「あなたの発言は正しいのだろうが、少なからず私を傷つけた」ということは、やっぱり気付いてほしかった。
朝食をなんとか飲み下し、買い置きの感冒薬を飲みつつ、そんなこと反芻した。
態度や、行動だけでは、細かな心の機微までは伝わらず、結果誤解を生じることがあるから、人は言葉を発達させたのかもしれない。
「伝わるだろう」という構えは、相手を買いかぶっていたにすぎない。
しかし、あのとき、私は確かに傷ついたので、今の職場で今まで通りのやり方で仕事をすることはないだろうと思う。
ここで言う今まで通りのやり方とは、「指さし確認」のようなものだ。
事務仕事なのだが、私は物事を言葉にして確認する癖がある。失敗に気付いたときには、「間違った」と言う言葉が、口から零れて出てしまう。
独り言を禁じられて、いわゆる「作業進捗の言語化」を禁じられて、代わりにわたしのため息と舌打ちは極端に増えた。
そんな人の近くは雰囲気が悪いので、あまり一緒に仕事をしたくないだろうと思うが、独り言と舌打ちとを比べて、どちらがましかと言ったら、舌打ちなのだろうと思う。
特に、周囲の言葉や、雑音に影響を受けやすい人は、意味を持った言葉に気持ちを動かされやすい。
もともと静かな職場なので、私の声はことさら目立ってしまっていたのだと思う。
冷えピタをおでこに貼って、保冷剤をタオルに巻いて首に当てた。
体温が一度上がると人はさまざまな不調を体感するという。
一週間前だったが、同居人が咳をしていたのを思い出した。
咳エチケットなんて言葉知らないような暮らしぶりの人間だから、彼の咳の飛沫をわたしは見事に顔面でキャッチしていた。
ウイルスなのか菌なのか、もとをただすことは難しいが、どこかから風邪の種をもらってきてしまって、もしかしたらそのもとは同居人から発生していた可能性が高い、というだけのことなのだが、体調不良の原因を誰かに求めたところで、快方が早まるわけではないので不毛だ。
どんな重篤な病気であれ「うつした」「うつされた」の相手方が誰かを突き止めることにどれだけの意味があるのかわらない。
しっかりと休養を取れば、二、三日で元通りになる風邪だ。認知のためのDNA検査でもあるまいし、誰にうつされたのかを考えている時間があるのなら、その時間を療養に当てたほうが得策である。
だんだんと体調を崩してはいたのだが、運よく作り置きの料理が冷蔵庫にたんまりと眠っていた。ごはんもラップでくるんで冷凍してあるし、2リットルペットボトルの麦茶も買い置きがあった。
スーパーの安売りで買ったひき肉と鶏肉が期限だったので、それぞれ、ハンバーグとキーマカレー、チンジャオロース(風、鶏肉なので)、すきやき煮(風、鶏肉なので)をタッパーでこれでもかと作っていた。
昨日、おとといはこれらの調理にあたっていたわけだが、予定調和とでもいうべき発熱である。
昨日とおとといにタイミングよく作り置きのおかずと冷凍ごはんをこしらえていたことで、ひとりぼっちの病床なのに、三食いつもりよりしっかりと栄養を取った気すらする。
朝から昼過ぎまで一寝して、たまっていた洗濯物を片付けた。
感冒薬を飲んでも、少しのあいだ症状が緩和するだけで、微熱は三十七度五分のままいっこうに下がる気配がないのだが、体を動かせないほどの倦怠感ではない。
昼食にキーマカレーをかっこんでまた薬を飲み、まら少し寝て、夜にチンジャオロース(風、鶏肉なので)を食べて、キッチンにたまっていた洗い物をすべて片づけた。
食べて寝て家事をして、食べて寝て家事をして、肩を息を弾ませながらも、具合が悪い時というのはまだまだと眠れてしまうから不思議だ。
体が休息を求めていて、意識がそれに答えてまどろむのだろう。
眠り自体は浅いので、変な夢を見る。
自分は駆け出しのお笑い芸人で、何かの舞台の袖でカルビーのCMを依頼されるのだが、これからテレビスポットで流れる番組のスポンサーがカルビーだったか湖池屋だったかわからず、即答できない、という夢を見た。
お笑い芸人にも憧れていないし、ポテトチップスを食べることも滅多にないのだが、何故こんな夢を見たのだろうか。私の深層心理がお笑いとポテトチップスを求めているのだろうか。これを突き詰めることも、また、不毛なのか。
考えることはすべからく不毛で、食事と家事と睡眠だけが有意義なのか。
病気療養の一日などそんなものなのだろう。
しかし、”思考”は、社会性を求められる人間に残された数少ない娯楽のひとつである、と私は思う。
労働をして、賃金を得て、暮らす。それだけが人生のすべてだなんて絶対に思いたくない。
それは人生の基盤の部分であり、それらの上には、恋や、遊びや、趣味や、娯楽がふんわりと浮かんでいるものだと思う。
体力的に自由が利かなくなった今日の私に、道具も場所も構わず行える娯楽は思考だけだったのだ。だから、「あの人本当はどう思っていたんだろう」とか「どうしてこんな夢を見たんだろう」とか、一見不毛に思えることを、ぼんやりと、ただただぼんやりと、毛布にくるまって考えていたのだ。
その考えの方向や、結論は、まったく理性的ではなく、突拍子もないものばかりなのだが、この部屋にはわたし以外の誰もいないし、どんなことを考えていようが、誰も頭の中のお遊びまでを咎めることはできない。
わたしは、深夜に帰宅する同居人のために握り飯をこしらえながら、誰かに腹を立てたり、実現性のない未来を思い描いたりすることも、当然に自由なのだなと考えていた。
結局、一日かけても私の体温は三分しか下がらず、微熱は続いたままだ。
きっと、感冒薬の解熱作用が弱いのである。そう思って薬の箱を見ると、漢方主体の、風邪の引き始めに対応した薬だった。もしかしたら、今日服薬すべきはこれではなかったのかもしれないと、今更ながらに思った。
元気で一日家に留まっているのはつらい。何か損をした気になるし、どこかへ飛んでいきたい気持ちになる。友達と会っておしゃべりがしたくなる。外で酒が飲みたくなる。
比較して、病気で一日家に留まっているのはつらくない。それが当たり前で、回復するまでは最善の方策だと、わたしでも理解できているから。
たまに起こす体調不良は、体の作用を弱体化して、思考の自由を思い出させてくれる、そういうタイミングなのかもしれない。
それが何日も続いてしまうと、そんな日々にはすぐに嫌気が差してしまうのだろうが、今日くらいの療養ならちょうどいい。
贅沢を言うなら、子どもの頃のように、誰かがごはんも服も用意して、自分は寝ているだけでいいのだとしたら、そっちのほうがずっといい。
せっかく同居人がいるのだ。それくらいしてくれてもよさそうなものだが、まあ、あの人だって忙しい。
わたしと同じように仕事があるし、わたしも、あの人が風邪を引いて寝込んだくらいでは、自分の仕事は休まない。
自分の面倒は自分で看る。すこし寂しい考え方のような気もするが、現代社会に生きるひとりの大人としては当然の覚悟であろうと思う。
それに戦っているのは、わたしの体の中の免疫細胞たちであって、わたし自身に「今、戦っているぞ!」という自覚はない。
私にできることは、彼ら免疫くんたちが縦横無尽に活躍できるよう、戦場を整備してやることくらいだ。具体的に言うと、栄養を取ってよく眠るという行動に尽きる。
こうして今日が終わってしまった。
冷えピタは三枚めだし、保冷剤は冷凍庫のストックがなくなって二周した。
機械のように修理一回で元通りが理想的だが、今回のわたしのように、不調の治し方がわかっているのは全然ましである。
単純だが、たくさん食べて安静にしているという普段できない「何もしない」贅沢が、弱っているからだには一番のごちそうなのであろう。
体がつらいぶん、暇を持て余す感覚もない。
息を吸って吐いて、寝返りを打ったり、体がつらいとそれだけでも何かをしている気になる。
日付をまたいだ今となっても、朝と同じような微熱が続いているのだが、明日の朝になればいい加減元通りになっているものと思う。
一日終わって、今日という日をなんだかんだ楽しんでしまったわたしは、そこそこの楽天家であると思う。
昼間、ぞんぶんに寝てしまったので、これからまた眠れるのかどうか少し不安だが、そろそろいい時間なので、もう一度布団に戻ろうと思う。
元気であるということは、人にとってとても大事なことであると実感した今日であった。
キックボクシングジムの幽霊会員
そのときは夢中で思い至らなかったのだが、あとになってから、「これから始めることは本当に正しいのだろうか?」と考えてしまうことがある。
たとえば、習い事だ。
まだ僕が荒川区に住んでいた頃のこと、近所にキックボクシングのジムがあると知った。
事務仕事ばかりの職場に転職したばかりで、なにか体を動かすきっかけが欲しいとは思っていたのだ。
入会金の二万円を銀行のATMから振り込んだあと、夕飯を食べて、シャワーを浴びて、葉を磨いて、布団に横になったときに「これは本当に正しい選択だったのだろうか」と思った。
月々一万円の会員料金も、1年経てば12万円だ。
はじめは、週一で通えば一回2500円だし、その金額でプロの指導が受けられるなら安いと思った。しかし、それが今となっては、プロの指導なんて自分に必要だろうかと首をひねってしまっている。
月々一万円貯金して、河川敷でも走っていたほうがよかったのではないか。
自分は、キックボクシングで、人生になにを見い出すつもりなのか。
スタートを切る前から疑心暗鬼なのだ。
これはまったくもって僕の悪い癖なのだが。
やり始める前に「本当にやる気がありますか?」なんて聞かれてしまうと、途端に情熱が冷めてしまう。
熱意を必要とする契約が苦手なのだ。
決意を要求されることが嫌いなのだ。
できれば、自分で決めたくない。だから、自分で決めたことほど、「これは本当に正しい選択だったのだろうか」と、融通が効かなくなったくらいのタイミングで、立ち止まってしまうことがある。
関わる人や、場所や、決まりごとが多ければ多いほど、その気持ちはつよくなる。
入社式の直前に、どこか遠くに逃げ出してしまいたくなるような、不真面目な感情だ。
そんな気持ちとは関係なく、初日はいつでもやってきたし、結局は自分の性格に合うか合わないかで続くかやめるかも決まる。
なにかにつけてこんなふうに思うくせに、「やっぱりやめます」と言い出したことはない。
どんな悪あがきをしたところで、時間は未来にしか進まず、過去にした決断は覆らない。「がんばります」の直後の「やっぱりやめます」は、とてつもなく面倒くさいということくらい、僕にだってわかっている。
それでも、なにか新しいことを始めようとすると、いつもこの気持ちはついて回ってくる。
おそらく、不安なのだ。
自分のような信念のない人間に、そこまででかけて、知らないことを覚えて、続けていけるのかどうかが。
月々一万円の価値は、自分の態度しだいで決まる。
僕がその経験から大きなバリューを得るだとしたら、その一万円はとてつもなくお買い得な選択であったのだろう。
ちなみにだが、件のキックボクシングジムは三回だけ行って、そのあとはずっと幽霊会員だった。
こういうやつがいるから、一年以内に退会する場合は手数料がかかるとか、そんな制度を整えておくのだろうな。
結局僕は、「いつか、ものすごく気が向いたときに行けるように」月々一万円の会費をただ払い続けていた。
今となって思えば、まったくの無駄であったと言わざるを得ない。
それから、二度引っ越して、引っ越すたびに、まずフィットネスジム、次に演劇サークルと首を突っ込んで、どちらもすぐに幽霊会員となり、誰にも惜しまれずフェードアウトしていった。
そのたびに、思いつきで動くのは良くないと思い知らされるのだが、このばかは30もとうに過ぎているというのに、なかなかに学ばないのだ。
なにかほかのことで頭を悩ませていればまだいいのだが、生活のモチベーションが上がってくると、すぐに「なにか新しいこと」をはじめたがる。
僕が猫なら、好奇心というきっかけで何回殺されていたかわからない。
次こそはと毎回思うのだが、都合のいい頭だもんで、うまくいったものごとについては、「始める前に思い悩んだ」記憶ごと、忘れ去られてしまうらしい。
僕が、「あのときやめておけばよかったのにな」と思う趣味や習い事は、たいてい続かなかいものだったし、楽しいと思えたのは最初の一、二回だけだった。
好奇心が猫を殺すなら、僕を殺すのはきっと余暇だ。
殺すのではないな、騙されるのだ。
余暇があるから、浮ついた考えが浮かぶ。なにか新しいことを始めれば、別の自分になれるんじゃないかと、阿呆な期待をする。
忙しいは心を亡くすと書くが、暇で心が生まれてしまうのも考えものである。
さて、次に訪れる余暇で、僕はどんなことにつばをつけてしまうのだろうか。
わかっているのならやめればいいのに、そううまいこといかないのが、きっと人生なのだと思う。
次に訪れた僕の新たな趣味が、もしも一年以上続いて、お月謝ぶんの成果を得て、人間的な成長があったとしたら、珍しいこともあるもんだと声をかけてやってほしい。
風邪薬が効いたようだ。夜半にあった微熱が平熱まで落ち着いた。
書いているうちに首や脇の熱さも落ち着いた。
「これは本当に始めるべきだろうか」と考えていたことがひとつあるのだが、もうやめよう。
とりあえず、お月謝は払って、来いと言われたときに言って、やれと言われたことをやろう。
始めてもいないのに、続けられるかどうかを思い悩むのは馬鹿げている。
寝れば、今日気付いた風邪も快方するだろうし、「新しいこと」の当日もやってくる。
とりあえず、時間は未来にしか進まないのだから、タイミングを見計らう必要もない。
そのときになったら、思い切り飛び込めばよいのだ。
そんな、できるだけ前向きな気持ちで、今日を終えたいと思う。
在宅勤務で苛立つこともあるのだなと
2020年、日本にオリンピックがやってくる。
今でさえ、都心の朝夕の通勤ラッシュはストレスフルな現状である。2020年のオリンピックに向けて日本が備えようとしているのがテレワークだ。
事務所に出社せず、自宅や、カフェで仕事をする。サラリーマンが出社しなくてもよくすることによって、通勤ラッシュを緩和して、オリンピック観覧を目指してやってきた外国人旅行者に少しでも楽をしてもらうという試み、なのだと僕は理解している。
弊社でも二年ほど前からこの準備に向けて、社員にはそれまでのデスクトップPCに替えてノートPCが貸与された。ただ、現状では「出社できないほどの混雑」ではないので、不公平感が出ないよう、週に何日かは在宅勤務OKという施策になっている。
僕は毎週週中の火曜と木曜が在宅勤務の日だ。
出社しなければできない仕事もあるので、どうしても仕事のスケジュールだてはこれまでよりも綿密になる。「あ、この書類出すの忘れてた」と、自宅で気付いても手の付けようがないからだ。
ほどなくして僕も、職場では提出期限のある書類手続きを進めて、自宅では集中が必要な資料作りなんかを主にやるよう、自分の中で仕事の種類を分けるようになった。
勤務開始も、昼休憩も、勤務終了もメール一本で済ませる。
定時報告のようなものだ。
「これより勤務を開始します。」
「本日の勤務を終了します。」
定時報告なので、返事はない。
毎日出社して、同僚とランチに行ったり、上司のところに駆け込んでああでもないこうでもないとやっている人からすると「それは孤独なのではないか」「ひとりきりでさぼってしまうことはないのか」と不安になるかもしれない。
でもまあ、そんなことはない。
どうにもこうにもアイデアが浮かばなくて「サボらなければ進めないとき」に、誰の目も気にせず堂々とサボれるのも在宅勤務のよいところであると思う。その反面、過集中、とでもいうのだろうか、こだわりがさく裂してPC画面の前から何時間も動けなくなることあるので、一仕事終えたあとにはへろへろだったりもする。
弊社の場合、在宅勤務が認められているのは、二年目以降の「自分で仕事ができる」レベルの社員だけだ。「新卒社員にはまず仕事のやり方を覚えてもらわなくてはならないから、先輩社員が近くにて、常にコミュニケーションが取れる状態のほうがいい」という考え方は至極まっとうであると思う。
僕の場合、在宅勤務では締め切りのある資料作りを中心に進める。
事業責任者会議にあげる我が部の資料だったり、外部の委員会に提出する集計資料だったりを、ひとりで家でちまちまと仕上げていくのだ。
本当に八時間みっちりかけてやり遂げるときもあるし、その八時間のうち半分は気分が乗らなくてだらだらしていることもある。
納期と質が認められれば、勤務態度はどうでもいい。けっしてはつらつとしたサラリーマンではない僕にとっては、向いた施策である。
今日は、四半期の人員数の増減資料を作っていた。
昨年度の期中に前任者の退職によって引き継いだのだが、その前任者も、その前の前任者も退職によって「前任者の退職によって」引き継がれた仕事であった。
少々事務仕事的な話になる。
得意な人は、「そんなのマクロ組んで一発じゃん」と思うだろう。
それが、前任者もその前の前任者もそれほどエクセルが得意ではなかったのだ。
そのうえ「この仕事すごく時間がかかるし全然数字が合わない」と歴任者全員が嘆くため、隣の課の「あたしエクセル得意よおばさん」が首を突っ込んできて、計算式をより複雑にしてしまったのだ。
そうして計算した資料を上の部門に提出するのだが、歴任者全員が、「どの数字が本当必要で、どういう計算でこの数字が出てきているのか」を理解していない状態だから、一度上にあげた資料にイチャモンがついても「エクセルの関数が勝手に集計しているのでわかりません」といった始末だったのだ。
千人に満たない会社で人員を数えるなんてそんな難しいことじゃない。
男女、年齢、給与、勤続年数、五年も人事をやっていればどこにもととなるデータが入っているかなんてすべてわかっている。
それを、わかっていない外部の人間がわざわざ乗り込んできて、変なシステムを組んでしまったから、どこでどう入り繰りされているかがわからなくなってしまったのだ。
歴任者が直属の上長である課長に「どうしても数字が合わないんです」と漏らすたびに「手で数えたほうが早いのでは?」と返されていた。
実際、僕もそう思う。こんなただただ複雑なだけの、関数だらけのエクセル表を使うくらいだったら。手で数えたほうが早いと思う。
マクロ化するにも、アクセスで元集計をやろうにも、これまでやってきた「カタチ」というものがある。一応上長に相談したが、「今回はとりあえず」ということで、隣の課の人間がうちの課の下手さを見兼ねて作ってくれた”業務効率改善案”で対応することとした。
わが社の定時は午後六時だ。
昼からずっと、あれを足したりこれを引いたりやっているのに、全然合わない。
合わないたびに、隣の課のエクセルバカ女の憎たらしい顔が浮かぶ。
在宅勤務で、一人で、PCに向かって「あの野郎」なんてぼやいているのだ。
精神衛生上よろしくなさすぎる。
結局、上の部門には「数字が合っていない状態」で資料を提出した。
差し戻しがあったらそのときに対応する。
それと同時に、自分が持てる技術を総動員して、アクセスを組んで、元資料を三つ入れたら結果までたどり着くマクロを組んだ。
他の資料作成の方法とも連動しているので、これで数字がずれることはない。
ずれた場合は、アラートが立つように仕込んである。
なんでもそうだが、餅は餅屋に任せるべきだ。
内情がわかっていない人間に付け焼刃で恰好だけの”業務効率改善”をされたところで、知らない人が作ったものは使えないのだ。
「IFでエラーだったら〇〇を見て、そこもエラーだったら〇〇を見て、〇〇だったらカウントをして」ってバカか。
過去に退職した人間のデータ5万件入っているんだぞ。エクセルで処理するには多すぎる。
だったら最初から、エラーになる人間は削ってしまえばいいのだ。
数えるのが正社員と契約社員と嘱託社員と出向社員と出向受け社員だけならそれ以外のゴミデータもアクセスで消せる。
在籍してる人だけを残すなら退職日が当月末の人と、「0」の人だけを残す。
休職中の社員は部署コードで外す。
これだけで5万が1000になる。
「男女」はコードで「1」と「2」に分かれてるからわざわざそれを「男」「女」に読み替える必要もない。
生年月日が8桁で出てくるのならそれをDATEDIFで直さなくてもアクセス内で補完できる。
勤続年数もわざわざ計算しなくても、人事システムが持ってる。
給与データも、なんで給与専用のでかいCSVからたった一行引っ張てくるためにVLOOKUP使ってるのかわからないのだが、こういう毎月更新されるものはリンク貼ってアクセス内で自動更新させればいいんだ。
「もとのデータはでかいほうがあとあと戻れるからいい」というのもわかる。
しかし、ビッグデータってそういう意味
一見意味不明に見える大量のデータを専門家が大別化して選別することで意味が見いだされるわけで、集計の目的が決まっている場合、ゴミデータは即座にゴミデータとして捨てたほうが、あとあと楽になるにきまってるだろうが。
そんなこともわからないから、一つの関数を動かすたびにエクセルが止まるような、みみっちい関数だらけのエクセル表が出来上がるんだよ。
予見しようよ。何件扱ったらうちの会社で貸与されてるPCのエクセルが音を上げるかさ。
そもそも、自分がエクセル集計苦手だからって他課の人間に頼んじゃだめだよ。
全然使えてないのに今でさえ「やってやった感」出してくんじゃん。
うちの課の人間はもうこのことには一切触れないし、僕がアクセスとマクロ組みなおして、5時間かかるところ20分で処理できるようにしたとしても、当人には言わないんだろうけどね。
通勤のない、挨拶のない、会話のない、ストレスフルな在宅勤務だったはずなのに、妙に滾ってしまって、人が作ったエクセル集計表をアクセスマクロに組みなおしていたら二時間経ってしまっていた。
あと二項目ほどで網羅できるところだったのだが、まったくのサービス残業だし、こういうことはぶつぶつ苛立ちながらやっているところを見てもらわないと評価に繋がらないかもしれないから、残りの分は来週に取っておくことにした。
会社貸与のPCをシャットダウンしてコーヒーを飲んでいたら、提出部門の課長から「月締めの集計と四半期の集計で差異がるのですが、ご確認いただけますか?」とメールが飛んできたが、見なかったことにした。
とりあえずものは出したから、締め切りは守ったことにしてください。
起きない人と過ごす一日は考えることの多い一日だった
昼前から続く微かな寝息に、どんな夢を見ているのだろうか、なんてことは思わない。
眠りに落ちるのも、溺れるのも得意な彼は、きっと、目が覚めてはっとするような夢は見ない。たとえば、暖色系のマーブル模様の濁流に、押し流されたり、沈められたり、打ち上げられたりしているのかもしれない。
昨夜の終電で帰れず、彼がこの部屋の玄関を開けたとき、僕はキッチンで朝食を食べていた。僕はおそらく”きょとん”とした顔で、「おかえり」と言葉を漏らしたのだと思う。
彼は、何をするでもなく、重たげなビジネスリュックを肩から下ろし、服を脱ぎ、既に死人のような足取りで自分の布団に沈み込んでいった。
もともと、今日は会社に行かなければならない予定がなかったので、在宅で仕事をする予定だった。その、僕が在宅で仕事をする今日が、彼の10日ぶりの休みだったということは、さっき知った。
会社に行く用事がないとはいえ、暇なわけではない。僕も僕で、日ごとに締め切りがあるようで、きちんと仕事に追われている。
彼はパチンコが好きで、休日にはよく打ちに行く。特に今日は、給料日後初の休みだったから、「少しくらいは遊び行くのかな」とは思っていた。
僕も、在宅勤務とは言え、一日中自宅のPCの前に座っていなければならないわけではない。昼休みには郵便局にも行けるし、行きと帰りの通勤の時間がないだけ、自由時間が、たぶん、三時間増えている。
僕が在宅勤務で、彼が休みの日は、僕の昼休みに合わせてふたりで駅前まででかけて、昼食を食べて僕は仕事(自宅)に戻り、彼はパチンコ屋に消える、という過ごし方をここ何回かやっていた。
けれど、今日にいたっては、昼過ぎになっても彼が目を覚ます気配はない。
「ごはん食べない?」と声をかけると、「うん」とも「んー」とも言えない反応をして、薄く目を開いてこちらを見るのだが、彼の顔を覗き込んでいる人間が僕だとわかると、ギリギリに開いた目が重すぎるガレージのシャッターのようにストンと落ちて、5秒もしないうちにまた寝息を立て始めた。
最近の何回かのことで、こういうタイミングの日は一緒に食べに行く駅前の中華料理屋が楽しみだったのだが、しかたない。僕は、今日もオフィスでせっせと仕事している上司に昼休憩に入ることを告げ、キッチンで冷凍ご飯を温めて、作り置きのおかずを頬張った。
郵便局へ手紙も出しに行った。郵便局に行くけど、コンビニで何か買ってこようか? 声をかけたらついてくるかな、とも思ったのだが、やめた。
僕の定時は午後六時だ。何もなければ午後六時きっかりに仕事を終えることができる。
彼はその午後六時きっかりに一度起きて、僕が昨日作っておいたハンバーグと鶏肉のチリソース煮を見つけて、食べていた。そんなときに限って僕は世話しなくて、きりが悪くて、変にノってしまっていて、結局僕が今日のぶんの仕事を終えたのは午後七時半だった。
キッチンに続く扉を半分だけ開けてこちらを見る彼と目が合った、僕は高い音を立ててPCのキーボードをなぞりつつ作業だけは続けていた。
「忙しそうだから、邪魔しちゃ悪いと思って」
「そんなことないよ」
そんなことないわけはないのだが、一日寝て過ごして、一歩も家から出ず、やっと食道と胃袋を癒した人なのだ。食事をしているということは今だけはどうにか覚醒をしているのだ。生命の維持のために。
だが、僕はそのチャンスもふいにした。
僕がそれから一時間半後に仕事を終えて、「銀行にお金を振り込みに行くけど」と声をかけても、彼がもう一度目を覚ますことはなかった。
エネルギー補給を終えたらから、また深い眠りに落ちてしまったのだ。
銀行での用事を終えて、帰ってきても彼はまだごくひっそりと寝息を立てていた。
僕ももはやなんとなく意地になってきてしまって、もう、声はかけなかった。
僕は冷蔵庫にある肉と野菜で甘酢あんの炒め物を作り、炊飯器で米を二合炊きおにぎりを四つ作った。たらこが二つに、しゃけが二つ、ラップでくるんだそれぞれにマジックを使ってひらがなで「た」、「し」と書いた。ぼんやりとした頭でやっていたので、もしかしあら「し」から「た」が出てくるかもしれない。
そうしてキッチンもひととおり片づけて、干してあった洗濯物もたたんで、今、今日あったことをPCの前で振り返っている。
僕の落ち度と言えば、まだ台所仕事用のエプロンを着けているところだ。
あと、もしかしたら、だが、彼にしつこく声をかけなかったこと。
振り返っても、思い出しても、それがどの瞬間かはわからないのだが、もう少し、もう一度くらい、しつこく声をかけていたら、惰眠を貪り続ける彼の心を、なにかなんだかわからない力が、キラリと震わせることがあったかもしれない。
「疲れているのだから寝かせておいてあげよう」という気持ちは優しい。
けれど、昼から夜まで、もうすぐ夜の十一時にもなって、「寝かせておいてあげよう」はどうなのだろうか。
「せっかく二人そろって家にいるのだから、一緒に酒でも飲まないか」とか、誘いようによっては、いぎたなく枕をよだれで汚すだけの一日にはならなかったかもしれない。
一日が終わる。今となってはどの選択肢も取りようがないのだが。
さらには「一日寝て過ごしたこと」が、さも「もったいないこと」だと考えてしまうのも、僕の勝手なのだ。
自分だったらどうだろう、と考えるのはいい。しかし、その考えから発露した思想を誰かに押し付けるのはどう考えても傲慢だし、もう少し言えば世間知らずで暴力的だ。
相反して、僕は不眠症である。
日常的に睡眠薬が手放せない。だからこそ、というべきか、にもかかわらずというべきか、寝ること自体は大好きだ。
少し前の世の中の常識のように、一度も起きることなく八時間も眠れたならどれだけ幸せなのだろうかと、眠れる人が羨ましくて仕方がない。
僕の平均的な睡眠時間は四時間から五時間だが、彼は今日、すくなくとも僕が仕事をする部屋で、十四時間は毛布にくるまっている。
その横で、僕はアイスコーヒーの氷を溶かしながら、彼が僕に何か言うのを待っている。ひたすらに、待っているのである。
もうすぐ、またひとつ、日付をまたぐというのに。