遠浅の海、羊の群れ。

羊の群れは、きまって遠くの向こう岸で、べえやべえやとわなないている。

肉のくせに人間様より休んでやがる

今、肉を休ませている。

30年以上人間をやってきた。その間、生徒を休ませたり、バイトを休ませたりしたことはあった。しかし、肉を休ませたのは始めてだ。

恥ずかしながら、料理は得意ではない。

腹が減っていなければいいと思う。次いで食べられたらいいと思う。さらに、うまかったならなおいいと思う。食に対してあまり関心がないのだと思う。

それでも、ここ半年くらいだろうか、キッチンを使うようになった。

そもそものきっかけは偏食だ。

仕事帰りに、コンビニに寄っては、ホットスナックコーナーにあるくせに常温の焼き鳥をわざわざ温めてもらって、夕食にはそればかり食っていた。

誰かが「痩せたければ鶏肉を食え」と言っていたからというのもある。

確かに、痩せたかったし、すぐに食える焼き鳥は便利だったし、うまかったし、レモンサワーにも合った。

その日は珍しく残業をして、いつものコンビニに焼き鳥のストックがなかったのだ。僕は、このところめったに足を踏み入れていなかったスーパーに立ち寄った。

そこで僕は知ったのだ、胸肉ってこんなに安いのかと。

物は試し。思いついたまま、鳥の胸肉と白ネギを買って、一口大に適当に切って、フライパンで炒めてめんつゆを振った。

衝撃が、走るほどの味ではなかったが。「自炊は安い」という言い分にはじめて合点がいった瞬間がこのときだった。

少量の料理を作ろうとすると、結局手間賃ばかりかかって、疲れて、買ったほうが安いんじゃないかと、愚かな僕はそれまでずっと思っていたのだ。

面倒が先に立って、僕はその愚かなまま35年も生きてきたわけだ。

うーん、愚かだ。

 

そうして、僕はスーパーに通うようになり、今日は肉が安いだとか、麦茶をまとめ買いだとか、ウェブチラシを見て、このコーヒーを買いに行こうだとか、ずいぶんと「キッチン」を楽しめるようになってしまったのだ。

 

今、アルミホイルに包まれて、豚ヒレ肉は休んでいる。

僕がこんなカチカチと世話しなくキーボードをタイプしてるってのに、うんともすんとも言わず、休んでやがるのだ。

 

下味をつけて30分休ませて、側面を焼いてアルミホイルに包んでまた30分休ませる。1時間休憩だよもうこれ。フルタイムのパートさんくらい休んでるよ。僕今日仕事中1時間も休憩もらえなかったのに。

 

さて、おいしく焼けるかどうか、楽しみなのである。